インタビュー第三弾は先日の技術選での活躍が記憶に新しい山田卓也氏です!
山田卓也
1973年3月13日生まれ。北海道滝川市出身。
サホロリゾートスキースクール所属。
全日本スキーナショナルデモンストレーター7期目。
主な成績は第35、40、41、47回全日本スキー技術選手権大会2位と、上位常連組。第51回北海道スキー技術選手権大会優勝。
長年スキー技術選の世界でトップクラスの地位を保ち続けている。
自分の理想を試す
斉藤人之(以下斉藤):日頃より色々とお話をしていますが、こんな対談をするのは今日が初めてです。どんな話が聞けるか楽しみです。それでは山田卓也さん、よろしくお願いします。
山田卓也(以下山田):はい、よろしくお願いします。
斉藤:トップアスリートになれた自分の裏付けは?
山田:トップアスリートとは思ってないけど、スキーセンスかな。単純にこの技術選の世界に憧れていた部分があってこの世界に入ってきたから。
斉藤:何歳ころ?
山田:中学、高校生くらいから。アルペンスキーはやっていたから、いずれこの技術選に最終的には出るんだっていう思いで色々ビデオとかも観ていたし、それを見てトップ選手の滑りがかっこ良く思って。自分もトップレベルまでいけるなんて全く想像もしていなかったけど、やっていくうちに成績が出始めて、自分でもそのゾーンに行けるんだなって。行くチャンスが出てきたなって思い始めました。
斉藤:22、23歳くらいの頃から?
山田:そうですね。北海道大会で2回ダメで、3回目で全日本出場。野沢温泉での大会で決勝残って、その時にあぁ、頑張ってやってたら上にいけるのかなっていう感覚があった。
そこからかな。いろいろ技術的に自分でも求めるようになったのは。もっとこうしたほうがいいのかな、ああしたほうがいいのかなーとかって。
そこからかな。いろいろ技術的に自分でも求めるようになったのは。もっとこうしたほうがいいのかな、ああしたほうがいいのかなーとかって。
斉藤:中学校のときに技術選っていう世界を視野に入れてスキー活動をしたっていう話があったんだけども、ずばりすごくその世界に魅力を感じた、目に焼き付いてるスキーヤーって誰ですか?
山田:印象が一番強かったのは渡辺一樹さんかな。渡辺一樹さんが技術選で活躍し始めたのは俺がもう高校生だったんだけども、中学生のときに一樹さんが大学生でまだアルペンやってたから、高校生ぐらいになったときに、やっぱり渡辺一樹さんとかの滑りを見て。
斉藤:ちょうどSKI NOWをやってるくらいのときかな?
山田:そうかな。技術選の中では印象に残ってる。他にも当時活躍していたトップ選手はみんな凄い人ばっかりだっから。
斉藤:その時はアルペンで成功しているかナショナルチーム上がりの人が技術選の世界に入って来たりしたよね。
山田:そうだよね。その人たちの滑りを技術的にどうやったらこういうターンになってるのかわからない時期だから、なんとなく リズムをマネしたりとか、切り換えのとき次の外足で立ってるなとか内足側で立ってるのかなとか。
斉藤:それはビデオを観て?
山田:ビデオと雑誌のコマの写真を見て。 で、よくマネをしていた。
自由な発想から、独自の雰囲気
斉藤:自分で研究してトップに上がり始めたっていうのが土台ですね。
山田:この滑りかっこいいなっていうのは研究というかマネをして、あとは自分でこうしたほうがいいのかなっていうのをあまり疑わずにどんどん試してやっていった。やっていって、自分なりに自分のものにしたというか。あまり技術に迷わずに。若い頃はわかんないから。どんどん形にしていきました。
斉藤:そのときに自分でいけるかもしれないって、強いなって自分で思わないと、上がっていけなかったと思うんですけど、自分の強みって明確でした?僕から見るとパワフルで、スピード感があるなっていう印象はあったけど。
山田:技術選に出始めた頃は、わかんないね。特別スピードは出てなかったね。アルペンやってて基礎スキー経験少なかったから、当時技術選に出てる人達と比べると、例えば総合滑降でやたら細かいターン入れたりとか、ショートターンでも他の人よりもちょっと深めのワイドなショートターンやったりとかっていう、自分の中で自由な感じがあったと思う。俺はこれやりますよ、それやったら点数でないんじゃないかなとか、やばいんじゃないかなとか、そんな感覚は若い頃はなかったので、それがうまく毎年毎年ハマっていったのかなって。
斉藤:僕は基礎スキーしかやっていないので、総合滑降とかリズム変化するものってこういうものだっていうメソッドをなぞって生きてきたから、卓也さんが来たときに、え、そういうことする?ていう。そこは強みだと思う。エッジグリップがずば抜けて強い人だなって思いましたよ。
山田:そうだったんだ、やっぱね。若かったんだね。今の時代もアルペンから技術選に入ってくる若い選手ってやっぱりアルペン経験があって素晴らしい。引退して何年もたってない選手がエッジング強いもんね。
斉藤:魅力だよね。
山田:あれって今になってじゃあエッジングの強さを出しなさいって言っても、角度出して踏んだからってその差が出るわけじゃないよね。それは本当若い人の特権なんだよね。
斉藤:見た目を気にしないで自分の使いたい力をグーッとスキーなりに雪にぶつけていくとすごく魅力的に見えましたよ。僕はやっぱできなかったからそれが。今や丸くて美しいターンを描くのが魅力だけど、昔を知っている人は少ないって考えたら、その時代があったっていうのを見てほしい感じがするけどね。自分の強み、発想の原点になってるものはなんですか?
山田:単純にこの技術選の世界での自分の独自の雰囲気っていうものです。
斉藤:自分でそうしたいって思ったの?
山田:そう。例えば大回りはこうしたほうがいい滑りですよとか、小回りはこうやったほうが操作したほうがいいですよとか当然あるんだろうけど、でも自分はこれをやりたいんだみたいな。なんだろ、独特でいたかったのかな?この世界で。その気持ちは今でも変わらない。だけど長年やってて、技術的にもこうしたらああしたらああなるとかって色々わかってきて。かつ若い頃のその鋭さって当然なくなってくると、自分が独特でありたいと思ってても、独特じゃなくなってきてるのかな。こうしたほうがいいっていう中に知らないうちに自分で入ってきちゃってるのかな。
父親は、「卓也はトップになる力がある」と滑りの分析から見ていた。
斉藤:それでも山田卓也が最初にやったものはたくさんありますよ。お父さんの裏付けが大きくないですか?自分の独自性もあるんだろうけど。
山田:洗脳だね。うちの親父の。客観的な見た目は長年見てきているからいろんな思いでやっているけど、やっぱ当時の俺のスキーを見て、こいつは技術選のトップにいけるって思ってたって。それも結果が出てから思っていたんじゃなくて、俺が基礎スキーやり始めた頃に、お前絶対デモになれるぞって、技術選でもトップにいけるぞって言われ続けて技術選に出て、北海道予大会で予選落ち、決勝いったけど全日本にいけないっていうのが最初何年かあったけど、それでも俺やればできるのかなっていう。そういう洗脳ですね。
斉藤:でもそうやってお父さんが卓也さんを成功させる為に、前向きにする為に言った言葉なのか、評価として言っているのかどっちだろう?
山田:たぶんうちの親父は本気で思ってたと思う。俺をやる気にさせようとして言ったんじゃなくて、本当にそうやって言ったんだと思う。
斉藤:それは自分で感じてたの?
山田:全くわからない。
斉藤:お父さんは愛情で言っているのか、本当にお前行けるぞって言っているのか、どっちで受け止めていた?
山田:本当に行けるぞって。愛情とかそんなんじゃないね。 |
斉藤:すごいなー
山田:だから自分に自信がないっていう状態で頑張ってた感じじゃなくて、やってればいけるのかな本当に俺、って感じでやってたから、けっこう思い切って練習できましたね。こういう滑りしてみようとか、大会でこういう大きさのターンはみんなやっていないけどやってみようとか。ビビらずにやれて、かつそれが評価になって出てきたから。
斉藤:誰もやってなかったしね、できなかったと思うみんな。見慣れたリズムなのに本当に度肝を抜かせたシーンが多かったなぁ。
山田:本当の板の走りとか技術的な部分とかは絶対に勝てないから、ちょっと目立ちたいっていう、独特なものを、技術選ってそういうのあるしょ。例えば斉藤人之ならきっとこうやって滑るだろうなとか。
流れが変わってくることから
斉藤:若い頃って勢いを消さないで探り探りやっていって、卓也さんもできないものってありましたか?
山田:あるよ。
斉藤:でもスキーの入れ方が他の人と違ったりして、思い切って変えてきた感じはするんだけども。自分の中で出来栄えってどうでしたか?
山田:出来栄え的には特別自分のやろうとしてる滑り、完成度が上がってるとか上手さがあるっていう感覚は全然なかった。
斉藤:じゃあ点数でるまでチャレンジしてるって感じ?
山田:そうだね。
斉藤:何歳ぐらいまで続きましたか?
山田:全日本出て10年くらいは続いたかな。そこから成績が伸び縮みむ時期が3年くらいあって、2005,6,7年でヘッドにマテリアルチェンジして。段々成績が落ちると今まで思い切ってやってみようって思っていたことができなくなっちゃう。その3年間はなってたね。成績出さなきゃってなっちゃって。自分の滑りを出そうじゃなくて、成績出さなきゃってなっちゃった。動けなくなっちゃったんですよ、滑りが。で2008年、苗場の3年目のときに、もう1位も50位も一緒だと思って、なんなら50位ぐらいまで落ちてやるくらいの感覚で臨んだんだよね。吹っ切れたっていうのかな。そうしたら表彰台にカムバックして、そこからはまた自分はこういう滑りを見せていきたいんだとか、みんながこういうのやってないから俺はこういうのやってみたいとかっていう欲がでてきたり。
斉藤:その10年間の間で自分がそこのトップとして保持されたのは自分の技術なのか、メンタルなのか、どっちが重視されてる感じ?
山田:メンタルではないと思うなぁ。たぶんメンタル的に強くもないと思うし、結局2位、3位になったりするけど、トップになってる人間てやっぱり気が強い、我が強いというか。俺も個性的でありたいっていうのはあるけど、でも勝負として試合に出てる選手としての我が強いかっていったらやっぱりそうじゃないところはある。当時はわからなかったけど。今思うとそこが足りなかったんだなって。だから良い成績が続いて、技術選でトップレベルでやれるようになったっていうのは、メンタルではなくて技術。
斉藤:やった分だけ積み上がっていた時期ですよね。
山田:技術選の波に乗れたっていうパターンですよね。まあ順位的に2位になったり4位になったり6位になったり、順位の波は当然あったけど、自分の中の波はほとんどなかった。逆に徐々に上がっている感じ。ただ成績が2位なのか6位なのかそんな感じ。
斉藤:まあ相手が強いときもあるしね。下がったときは波を感じました?
山田:はい。自分の滑りも、一生懸命滑ってるんですけど、なんか魅力がないっていうか。これは見てくれている人もこんな滑りじゃ面白くないよなとか。だけど自分は必至なんですよ。思考錯誤しながら。
斉藤:柏木義之たちの存在がちょうど出て2、3年ぐらいのときだよね。その影響ってライバルじゃないけど、同じくらいの世代で自分をかぶしてくる人が何人かでてきましたよね。そこも多少なりとも気になっていた感じですか?
山田:いいときは自分はこうなんだ、でいけるからあれなんだけど、ちょっと下がった年が何年か、歯がゆい時期が続いてるときは練習してても、このバーンなら柏木義之ならどうやって滑るのかなって、人のことを考えるようになりましたね。あの選手だったらここはこうやって滑るのかなーって。これぐらい板走ってくるのかなーとか。いいときって全然そんなこと考えない。そして2008年くらいから表彰台に上がることができるようになって。で、ここ3年ぐらいはその当時一回落ちた時と同じような心境になって。
斉藤:小さく波がきてるんじゃなくて大きく波がきてる感じですか?
山田:大きくきてます。いよいよこの年だし、またそこに戻るには、技術的にもそうだけど相当な気持ちの持っていき方がないとたぶん無理だろうなーと思って。俺が技術選を選手としてではなく見たときに、こういう選手がいたらおもしろいなとか、魅力的だよなって思う選手になりたいなって。
斉藤:すごい選手は増えてはいますよね。シンプルで特別なことはしていないのに凄いなって。
山田:若い頃と同じような気持ちでいないと今よりいい成績を出すことは絶対できないと思う。練習では基本的なトレーニングが必要だし、自分にないテクニックとか自分の弱い部分の練習をコツコツとたくさんやらなきゃいけないけど、そういうベースさえしっかりして、やっぱり自分はこれなんだっていう気持ちで出てないと、絶対伝わらないなって。本当の意味で、気持ちで技術選に臨むときが来たのかなって思う。
斉藤:自分を高めていくっていうときは、どうしてますか?
山田:技術選の世界で、単純に落ちていきたくないっていう気持ちっていうのか、それが夏場の練習、体作りもそうだし、ケアもそうだし、技術的に貪欲になっていろんな情報をキャッチしようとしてる部分もある。
斉藤:粘りなのか、毎年、再スタートじゃないけど、新しいものを作って挑戦していくのか。両方なんだろうけど。どっちが強いですか?
山田:気持ち的にはやっぱり新たなものを挑戦したいっていう、自分を変えていきたいっていう、足りない部分をできなかった部分をできるようにしたいとか、そういう気持ちではやっているから。
斉藤:想いって強さなのか、楽しさなのか。
山田:両方だね。楽しみだけだとちょっと足りない部分が。だけど強さだけ出そうとすると見ててわかるんですよ。でも強さも出しつつ、この人本当に滑り方というか楽しみ方というかターンの気持ち良さとかそれを知ってるなっていう、そういうのが技術選で出せたらかっこいいなあって思うよね。
斉藤:それってやっぱり身体が変化して前まで出来ていたバランスだったり力のかかるポイントでねじ込んで自分のほうが上にいってしまうとか、そういう回数が減ることでそういうのは気づくの?
山田:そうだね。
斉藤:どうやって成功していくかって野望がまだまだあって、ゴールは来ないですね。
山田:そうだね。結局どうすれば一番ベストなのかって思ってもその時その時でこうしたほうが、ああしたほうがいいんじゃないんかなって、いくつになってもありますね。自分にできる最大限のことはやろうと思ってるので。
斉藤:ずーっと勝負してるっていうのは、自分との勝負で、他のアスリート違いの話を聞いたらあいつには負けたくないとかあまり聞かないけど、人の結果って気になりますか?
山田:人の結果はあんまり気にならないですね。
斉藤:自分の100点を目指すことに専念してるんだね。
山田:技術選に出始めて、自分もトントン拍子で成績が出始めて、優勝できるできないで何年かやっていたときは、けっこう気になったりはしていた。でも一回落ちて、また這い上がったときにやっぱり人じゃなくて自分なんだなっていうのがわかったんですよね。今でもそういう心境かな。
斉藤:スキー人生いろいろ経験してると思うんですけど、一番の出来事、記憶に残ったことってなんですか?
山田:成績出てるときは自分なりに落ちて、自分なりに上がれたときの、そのときのスキーに対しての気持ちとかっていうところは長年技術選やってて一番大事にしたいところかな。
斉藤:ずーっと上がり続けるっていうことはないってことだ。やっぱりその思いがあるから楽しくなるよね。
山田:成績が出てるときってすごくスキーが楽しくて、成績が出ていなくてすごく歯がゆいときはいろんなこと考えたり切なくなったりするけど、けど今はすごく楽しめてる。またやってやるぞっていう。上がったときにどんな感覚になるんだろうなっていう。自分の期待感だよね
斉藤:最後、皆さんへのメッセージということで。こうやっていって伸びていってほしいなーって、将来の子供も含め、育成っていう視野で、こうやってスキーを上達することを楽しんでほしいなっていう想い、メッセージをどうぞ。
山田:技術選を目標にしてるジュニアも大人もいるし、アルペンを目的としてるジュニアも大人もいるし、どっちでもない、スキー場にいて楽しむってう人もいるけど、たぶんどの分野にしても自分のスキーっていうのかな、オリジナルっていうか。自分のやっているスキーはこうしなきゃいけないんだってなった瞬間に、俺もそういう経験あって、かなり視野が狭くなるっていうか。スキーがつまんなくなっちゃう可能性があるじゃない。どのスキーでも基本の練習があったりとかさ、そういうの絶対に大事なんだけど、そこから上に行こうとしたときに自分自身はこういうスキーがしたいんだとか、これがかっこいいと思って滑ってるんだとか、こうやってやったらきっと早く滑れるんだろうなっていう、オリジナルじゃないけどそういうスキーを是非意識してやっていけるとスキーってかなり楽しいと思うんだよね。
斉藤:出会いがあって、コーチに頼りたくなる時期ってやっぱりあって、そういう人たちの支えがあるから、続けていけると思うけど、でも自立心っていうか本能の中で、バランスっていうか、やっぱり自然相手だし、技術についてもいろんな情報が入ってくるし、途切れることなく変わらないこともあるだろうし。年代別に違いますよね。
山田:最近は若い選手たちと滑る機会があって、基本的な、あって絶対損しないなっていう内容、基本練習とかさ、そういうのは伝えたりするんだよね。もっとこうしたほうがいい、ああしたほうがいいって。でも次の段階に入ったときにはもうあまりアドバイスしない。個性を大事にしたいから。そうやってやっていったら、若くて、おもしろい選手っていうのかな、強い選手が出てくるといいですね。
山田卓也さん、本当にありがとうございました! 次回も素敵なゲストとの対談を予定しております。
お楽しみに!
お楽しみに!